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 エジプト
 アスワン、 アブシンバル、 アレキサンドリア、 カイロ、 ルクソール


 Wikipediaエジプト情報

エジプト
エジプト・アラブ共和国(エジプト・アラブきょうわこく)、通称エジプトは、中東・アフリカの国家 国。首都はカイロ (エジプト) カイロ。西にリビア、南にスーダン、北東にイスラエルがあり、北に地中海、東は紅海に面している。南北に流れるナイル川の河谷と三角州 デルタ地帯のほかは大部分が砂漠である。ナイル河口の東に紅海と地中海を結ぶスエズ運河がある。
略名 エジプト
日本語国名 エジプト・アラブ共和国
公式国名 جمهوريّة مصر العربيّةJumhuriya Misγr al-‘Arabiya
国旗画像 Flag of Egypt.svg
国章画像 Image:Coat of arms of Egypt.PNG 100px エジプトの国章
国章リンク (エジプトの国章 国章)

エジプト第12王朝
エジプト第12王朝(紀元前20世紀 紀元前1991年頃 - 紀元前18世紀 紀元前1782年頃)は、エジプト中王国時代の古代エジプト王朝。エジプト第1中間期 第1中間期を終わらせたエジプト第11王朝 第11王朝に継続する政権であった。中王国時代には文章語としてのエジプト語 中期エジプト語が確立され、この王朝に纏わる数多くの文学作品が今日にまで伝えられている。第12王朝時代は中王国時代の大部分を占め、崩壊を持ってエジプト第2中間期の始まりとされる場合が多いどこまでを中王国として扱うかについては別の見解もある。。
果てしない混乱の続いた第1中間期の終焉は人々の間に「救世主」によって救われたのだという観念を生み出した。こうした風潮を利用した第12王朝の王達は、先行した第11王朝の統一事業を無視し、文学作品を通じて統一者、救済者であるのはアメンエムハト1世であると言う政治宣伝を繰り広げた。

エジプト第4王朝
エジプト第4王朝(えじぷとだいよんおうちょう 紀元前27世紀 紀元前2613年頃 - 紀元前25世紀 紀元前2494年頃)は、エジプト古王国時代の古代エジプト王朝。古代エジプト文明を代表する建造物であるギザの大ピラミッドを建設した王朝であり、そのピラミッドを建設した王としてクフ王、カフラー王、メンカウラー王の名は広く知られている。政治史的にも文化史的にも極めて重要な王朝であり、その文化遺産は近現代にまで影響を及ぼし続けている。
マネト紀元前3世紀のエジプトの歴史家。彼はエジプト人であったが、ギリシア系王朝プトレマイオス朝に仕えたためギリシア語で著作を行った。は、エジプト第4王朝が「異なる家系に属する」8人のメンフィスの王によって統治されたと記録している。マネトによる記録は、古い時代については王統等が不正確な場合が多いが、第4王朝時代になると王名等においては明らかに同定可能なものも登場する。他にヘロドトス紀元前5世紀のギリシアの歴史家。やディオドロスもこの王朝の王に言及した記録を残している。

エジプト中王国
エジプト第6王朝 第6王朝末期の混乱でメンフィス (エジプト) メンフィスを拠点としたエジプト古王国 古王国が崩壊した後、第1中間期と呼ばれる長い混乱を経てテーベ(古代エジプト語:ネウト、現在のルクソール紀元前3世紀のエジプトの歴史家マネトの記録ではディオスポリスマグナと呼ばれている。これはゼウスの大都市の意であり、この都市がネウト・アメン(アメンの都市)と呼ばれたことに対応したものである。この都市は古くはヌエと呼ばれ、旧約聖書ではノと呼ばれている。ヌエとは大都市の意である。エジプト新王国 新王国時代にはワス、ワセト、ウェセ(権杖)とも呼ばれた。)に成立した第11王朝の王メンチュヘテプ2世が、ヘラクレオポリス(古代エジプト語:ネンネスヘラクレオポリスという名は、この都市で祭られていた地方神ヘリシェフをギリシア人がハルサフェスと呼び、名前の類似等からヘラクレスと同一視したことによって付けられたギリシア語名である。)を拠点にしていたエジプト第10王朝 第10王朝を倒し、紀元前2040年頃にエジプトを再統一した。これ以後を中王国と呼ぶ。テーベの政権によってエジプトが統一されたことで、テーベのエジプトにおける重要性は著しく高まった。

エジプト・アラブ共和国
『エジプト』より : エジプト・アラブ共和国(エジプト・アラブきょうわこく)、通称エジプトは、中東・アフリカの国家 国。首都はカイロ (エジプト) カイロ。西にリビア、南にスーダン、北東にイスラエルがあり、北に地中海、東は紅海に面している。南北に流れるナイル川の河谷と三角州 デルタ地帯のほかは大部分が砂漠である。ナイル河口の東に紅海と地中海を結ぶスエズ運河がある。
略名 エジプト
日本語国名 エジプト・アラブ共和国
公式国名 جمهوريّة مصر العربيّةJumhuriya Misγr al-‘Arabiya
国旗画像 Flag of Egypt.svg
国章画像 Image:Coat of arms of Egypt.PNG 100px エジプトの国章
国章リンク (エジプトの国章 国章)

エジプト第5王朝
エジプト第5王朝(紀元前25世紀 紀元前2494年頃 - 紀元前24世紀 紀元前2345年頃)は、エジプト古王国時代の古代エジプト王朝。エジプト第4王朝時代に引き続いてピラミッドの建設が行われた。第5王朝のピラミッドは第4王朝に比べて遥かに小規模であるが、ピラミッド・テキストと呼ばれる碑文がはじめて残されるようになる時代であり、歴史的重要性は前王朝にひけを取らない。太陽神ラーへの信仰が非常に強まった時代でもあり、宗教的にも後代のエジプトに大きな影響を残した。
ウェストカー・パピルスと呼ばれるパピルスにヒクソス(紀元前18世紀-紀元前16世紀 16世紀前後)時代に記述された文学作品『魔法使いジェディの物語』には、魔法使いジェディがクフ王に対し、クフ王の王朝が彼の子供カフラーとメンカウラーの間だけ続くこと、そして太陽神ラーが、ラー神官の妻ルドデデドに産ませた三つ子、ウセルカフ、サフラー、ネフェルイルカラー ネフェルイルカラー・カカイらの新しい王家に王位を奪われるであろうと予言したと記録されている。この物語に史実的要素を見出すのは困難であるが、エジプトではマネトより1500年以上以前には既にウセルカフの即位が王家の交代であると見なされいたことが確認できる点が非常に重要である。即ち、ウセルカフの即位を持って王家が交代したと見なす考え方はマネトの独自見解ではなく、エジプト社会における極めて伝統的な歴史認識であった。

エジプト古王国
サナケト王が、恐らくはエジプト第2王朝の王女を娶って紀元前2686年頃に王となり、エジプト第3王朝が開かれたことを以って古王国時代のはじまりとされる。この時代は古代エジプトを象徴する建造物であるピラミッドが盛んに建造された時代であることから、ピラミッド時代とも呼ばれ、古代エジプトにおける政治、社会、宗教等の基本形が完成された時代であった。大雑把にはエジプトにおける中央集権体制の完成から崩壊までの時代とも言える。
歴代のエジプト王による長期の王権強化努力が実り、古王国時代には強力な中央集権体制が成立した。これを背景に第3王朝第2代のジェセル王によってサッカラに初めてピラミッドが建設された(階段ピラミッド ジェセル王の階段ピラミッド)。以後、歴代のエジプト王達は巨大なピラミッドを次々と造営していく。特にその絶頂期を象徴するギザの三大ピラミッドを建てたエジプト第4王朝のクフ、カフラー、メンカウラーの三名はピラミッド建設者の代名詞的存在となっている。

エジプト第1中間期
エジプト第1中間期(紀元前22世紀 紀元前2180年頃 - 紀元前21世紀 紀元前2040年頃)は、古代エジプト史における時代区分。通常エジプト第6王朝 第6王朝の崩壊からエジプト第11王朝 第11王朝による再統一までの時代を指す。長期間にわたって安定した統治を続けていた古王国の崩壊とその後の戦乱によって社会的、思想的、政治的に大きな変化を齎した。
メンフィス (エジプト) メンフィスを中心としたエジプト古王国の統一権力は第6王朝の王ペピ2世の治世末期に急速に弱体化し、各地の州(ノモス古代エジプト語ではセバトと呼ばれたが、ギリシア語に由来するノモスの表記が慣習的に広く普及している。)を統治した州侯達の自立傾向が高まった。メンフィスの政権はエジプト第7王朝 第7、エジプト第8王朝 第8王朝の下でなお存続し、統一政権の王としての権威も一応は保たれたが、地方の強大化の傾向は更に続いた。メンフィス政権の歴代王名やその治績についてはっきり分かっている事は極めて少ない。若干の学者は第6王朝以前の王朝と第7、第8王朝の連続性を重視し、この両王朝を古王国に分類している。これらの王朝の崩壊とともにメンフィスの政権の命運は尽きた。

エジプト第11王朝
エジプト第11王朝(紀元前21世紀 紀元前2133年、又は紀元前21世紀 2134年頃 - 紀元前20世紀 紀元前1991年頃)は、古代エジプトの王朝。エジプト第1中間期 第1中間期と呼ばれる分裂の時代に、上エジプト(ナイル川上流)南部の都市テーベ(古代エジプト語:ネウトマネトの記録ではディオスポリスマグナと呼ばれている。これはゼウスの大都市の意であり、この都市がネウト・アメン(アメンの都市)と呼ばれたことに対応したものである。この都市は古くはヌエと呼ばれ、旧約聖書ではノと呼ばれている。ヌエとは大都市の意である。エジプト新王国 新王国時代にはワス、ワセト、ウェセ(権杖)とも呼ばれた。、現在のルクソール)の州侯が自立して建てた政権を指す。この王朝によってエジプト古王国時代の終焉以来分裂していたエジプトが再び統一されることになった。第11王朝による統一以後の時代はエジプト中王国時代と呼ばれる。

エジプト文明
『古代エジプト』より : 古代エジプトとは古代のエジプトの歴史的呼称。ここで起きたエジプト文明は世界四大文明のひとつ。紀元前3000年前後に中央集権的な統一国家となる。通常、紀元前31年にプトレマイオス朝が滅亡しローマ帝国の支配下に入る前までの時代を指す。
古い時代から砂漠が広がっていたため、ナイル河流域の面積にして日本の4倍程度の範囲だけが居住に適しており、主な活動はその中で行われた。ナイル河の上流は谷合でありナイル河一本だけが流れ、下流はデルタ地帯が広がっている。最初に上流地域(上エジプト)と下流地域(下エジプト)でそれぞれ違った文化が発展した後に統一されたため、ファラオ 王の称号の中に「上下エジプト王」という部分が残り、古代エジプト人も自国のことを「二つの国」と呼んでいた。

エジプト第6王朝
エジプト第6王朝(紀元前24世紀 紀元前2345年頃 - 紀元前22世紀 紀元前2185年頃)は、エジプト古王国時代の古代エジプト王朝。エジプト古王国時代最後の王朝であり、その初期には活発な対外遠征を繰り返して周辺諸国を征服した。やがて第6王朝の中央権力の弱体化とともにエジプトの各地で州の長官たちが自立勢力となり、エジプト第1中間期 第1中間期と呼ばれる分裂の時代が訪れた。この王朝の崩壊を以ってエジプト古王国の終焉とされる。
エジプト第6王朝の初代王はメンフィス出身のテティであった。エジプト第5王朝 第5王朝最後の王ウナスに男子がおらず後継者問題が生じた。この後継者問題の後、テティが王座を獲得した。マネト紀元前3世紀のエジプトの歴史家。彼はエジプト人であったが、ギリシア系王朝プトレマイオス朝に仕えたためギリシア語で著作を行った。やトリノ王名表などの記録ではこれをもって王朝の交代としている。テティはメンフィス出身であると記録されているが、彼がどのような経緯で王座を獲得したのかはよくわかっていない。テティの妻イプト1世はウナス王の娘であったとする説が有力であるが、裏づけとなる証拠は乏しく以前の王達とテティの関係は不明瞭である。

エジプト初期王朝時代
エジプト初期王朝時代(紀元前31世紀 紀元前3100年頃 - 紀元前27世紀 紀元前2686年頃)は、古代エジプト史学(エジプト学)における時代区分の1つである。エジプト第1王朝、並びにエジプト第2王朝の時代が初期王朝時代に区分される。
エジプト第1王朝の王ナルメル(あるいはメネス第1王朝の初代王ナルメル、または次のアハ王を伝説的な最初の王メネスと同一視するのが有力説であるが論争もある。詳細はエジプト第1王朝を参照のこと。)によって上下エジプトが統合された事から始まる初期王朝時代は、確認される限りにおいて上エジプトと下エジプトが始めて同一の政治権力によって統一され、統一王朝としての王権理念、政治体制等が確立されていく時代である。

エジプト初期王朝
『エジプト初期王朝時代』より : エジプト初期王朝時代(紀元前31世紀 紀元前3100年頃 - 紀元前27世紀 紀元前2686年頃)は、古代エジプト史学(エジプト学)における時代区分の1つである。エジプト第1王朝、並びにエジプト第2王朝の時代が初期王朝時代に区分される。
エジプト第1王朝の王ナルメル(あるいはメネス第1王朝の初代王ナルメル、または次のアハ王を伝説的な最初の王メネスと同一視するのが有力説であるが論争もある。詳細はエジプト第1王朝を参照のこと。)によって上下エジプトが統合された事から始まる初期王朝時代は、確認される限りにおいて上エジプトと下エジプトが始めて同一の政治権力によって統一され、統一王朝としての王権理念、政治体制等が確立されていく時代である。

エジプト・シリア戦役
エジプト・シリア戦役(エジプト・シリアせんえき, The Campaign of Egypt and Syria)は、単にエジプト遠征(エジプトえんせい, The Expedition to Egypt)ともいい、1798年から1801年までフランス軍がエジプト・歴史的シリア シリアへ遠征した戦役である。ナポレオン・ボナパルト率いる5万人のフランス軍は、エジプトに上陸し、3年間に渡ってエジプトの地元軍やイギリス軍、そしてエジプト・シリアを支配するオスマン帝国の軍と戦った。
ナポレオンがエジプトへと遠征したのは、大陸の制覇を進めるフランスにとって、海の向こう側にあって手を出すことができず、いわば目の上のこぶであったイギリスを牽制するためであった。インドに重要な植民地をもつイギリスは、植民地と本国とに連絡を取るに当たりエジプトを経由していた。そのため、エジプトを奪うことはイギリス本国とインド植民地、さらにインドと地中海の結びつきをなくすことができ、あわよくばインドの植民地を奪取することにもつながるため、戦略上重要と考えられた。

エジプト神話
エジプト神話は、キリスト教とイスラム教が広まる以前にエジプト(古代エジプト)の人々によって信仰されてきた神々の体系、宗教を指す。ただし、古代エジプト人の信仰は、おおよそ3000年にわたった長い期間に、またその間に何度も変容を繰り返してきたので、一つの記事(それどころか、ある本をまるごと一冊)使っても、概要以上を示すことはできないのが実情である。一般にはヘリオポリスで信仰されていたヘリオポリス神話をもとにして語られることが多い。
アテン (w:Aten Aten)
アヌビス (w:Anubis Anubis)
アーマーン (w:Ammut Ammut)
アポピス(w:Apep Apep,Apophis)
アメン(w:Ament Ament)
イシス (w:Isis Isis)

エジプト第10王朝
エジプト第10王朝(紀元前22世紀 紀元前2130年頃 - 紀元前21世紀 紀元前2040年頃?)は、エジプト第1中間期の古代エジプト王朝。ヘラクレオポリス(古代エジプト語:ネンネスヘラクレオポリスという名は、この都市で祭られていた地方神ヘリシェフをギリシア人がハルサフェスと呼び、名前の類似等からヘラクレスと同一視したことによって付けられたギリシア語名である。)を拠点にエジプト全域に勢力を拡大したエジプト第9王朝 第9王朝の地位を継承したが、南部ではテーベ紀元前3世紀のエジプトの歴史家マネトの記録ではディオスポリスマグナと呼ばれている。これはゼウスの大都市の意であり、この都市がネウト・アメン(アメンの都市)と呼ばれたことに対応したものである。この都市は古くはヌエと呼ばれ、旧約聖書ではノと呼ばれている。ヌエとは大都市の意である。エジプト新王国 新王国時代にはワス、ワセト、ウェセ(権杖)とも呼ばれた。(古代エジプト語:ネウト)侯がエジプト第11王朝 第11王朝を建てており、これと激しく争った。

エジプト第3王朝
エジプト第3王朝(えじぷとだいさんおうちょう、紀元前27世紀 紀元前2686年頃 - 紀元前27世紀 紀元前2613年頃)は、古代エジプトの王朝。史上名高いジェセル王の階段ピラミッドを建造した王朝であり、この王朝から古代エジプトを象徴する建造物であるピラミッドが大々的に建設されるようになった。この王朝の成立を以ってエジプト古王国時代の始まりとされる。第3王朝では、エジプト各地に州(セバト)が新設され、それとは別に王領地(フウト)も全国各地に設けらるなど、未だ体系だてられてはいないものの、国制も大きく整えられた。
マネト紀元前3世紀のエジプトの歴史家。彼はエジプト人であったが、ギリシア系王朝プトレマイオス朝に仕えたためギリシア語で著作を行った。の記録によればエジプト第3王朝の王は9人であり、彼らはメンフィスを拠点とした。そのうち最初の2人のみ事跡が記録されている。最初の王ネケロフェスの時代にはリビア人の反乱に直面し、次の王トソルトルスの治世には、彼の臣下の1人が医術に長じていたためアスクレピオス神の化身であるという評判を博し、彼は切石で家を建てることを発明し、書字を心に留めたという。

エジプト第1王朝
エジプト第1王朝(えじぷとだいいちおうちょう、紀元前31世紀 紀元前3100年頃? - 紀元前29世紀 紀元前2890年頃?)は、古代エジプトにおいて史上初めて上エジプト(ナイル川上流域)と下エジプト(ナイル川下流域)を統一したとされている王朝。統一勢力であったかどうかは別として、第1王朝以前の王朝の存在も発見されているため、第1という番号は便宜的かつ慣習的なものである。この王朝の出現を以てエジプト初期王朝時代の始まりとされる。
ヘロドトス紀元前5世紀のギリシアの歴史家。やマネト紀元前3世紀のエジプトの歴史家。彼はエジプト人であったが、ギリシア系王朝プトレマイオス朝に仕えたためギリシア語で著作を行った。の記録によれば、エジプト第1王朝の初代王はメニ(ギリシア語 希:メネス)であった。彼は上下エジプトを統合した後、その境界近くに新しい王都イネブ・ヘジ(後のメンフィス (エジプト) メンフィスイネブ・ヘジは白い壁という意味で、メンフィスの古い名である。メンフィスと言う名は、近郊のサッカラにあるペピ1世のメンネフェル・ペピと呼ばれたピラミッドの呼び名が都市の名前(メンネフェル)として用いられたことから普及した名である。)を建設したという。しかしヘロドトスもマネトも、エジプト第1王朝よりも2000年以上も後の人物であり、その記録がそのまま史実を伝えるものとすることはできないが、後代のエジプト古代王朝の人々にメニ王から始まるエジプトの歴史が伝わっていたことは確実である。

エジプト第8王朝
エジプト第8王朝(紀元前22世紀 紀元前2180年頃 - 紀元前22世紀 紀元前2160年頃?)は、エジプト第1中間期時代の古代エジプト王朝。エジプト第7王朝 第7王朝時代から続く混乱の中で短命王が続き、短期間のうちに終焉を向かえた。
エジプト第8王朝の統治についてわかっていることはほとんど無い。最低でも6人の王がいたと考えられているが、若干の史料が残されているのは初代のウアジカラー王と、カカラー王の二人だけである。エジプト第8王朝はエジプト古王国時代のメンフィスを拠点とした統一王朝の後継者的な地位を占めていた。ウアジカラー王は上エジプトの有力諸侯と姻戚関係を結ぶ政策を採っていたエジプト第6王朝 第6王朝と同じように、上エジプトのコプトス侯シェマイとの関係を強化することで地位を強化することを考え、シェマイを上エジプト長官に任じ、王女を彼と結婚させた。上エジプト長官の地位は上エジプト諸州を統括するものであり、古王国時代から用いられていたものである。シェマイに限らず、この時代の地方役人の多くが、古王国時代から続く伝統的な役職名を名乗っていたことや、ピラミッド複合体での葬祭儀式が継続していたことから、第8王朝時代にはメンフィスの政権は弱体とは言え未だにエジプト王としての権威は残されていたことがわかる。しかしシェマイの息子イディは、上エジプト長官の職を世襲したが、彼の上エジプトにおける勢力範囲は父の時代よりもかなり狭まっていたと考えられる。これは即ち第8王朝の弱体化を示すものでもある。メンフィスの王権が弱体化する一方で上エジプトの州侯達は自立勢力としての地位を括弧たるものとしていたのである。

エジプト第2王朝
エジプト第2王朝(えじぷとだいにおうちょう、紀元前30世紀 紀元前2890年頃? - 紀元前27世紀 紀元前2686年?)は、エジプト初期王朝時代の古代エジプト王朝。
エジプト第2王朝は、先行するエジプト第1王朝よりも記録史料が乏しく、通史的な歴史は現在の所復元されていない。マネト紀元前3世紀のエジプトの歴史家。彼はエジプト人であったが、ギリシア系王朝プトレマイオス朝に仕えたためギリシア語で著作を行った。の記録によれば、第2王朝には9人の王がいた。しかしマネトの記す王名は、わずかに知られている同時代史料に登場する王名と一致しない。
マネトによればエジプト第2王朝の歴代王は以下の9人である。

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